いわゆる新型労災とは
近年、新型労災の問題がクローズアップされています。
「会社から慢性的な長時間労働を強いられたため、うつ病を発症し、その結果自殺に追い込まれたとして、自殺した従業員の遺族が、会社に対して損害賠償を請求した裁判で、裁判所は、会社に対して○千万円の損害賠償を命じた。」
後程、「安全配慮義務違反をめぐる判例」でも紹介しますが、近年、このようなニュースをよく見聞きします。
新型労災とは、長時間労働やパワハラ等から精神疾患に陥るケースでの労災認定のことをいいます。
労災認定される事故全体は減少しているにもかかわらず、精神疾患の労災認定については、10年前と比較しても8倍を超える認定件数になっています。
精神疾患の労災認定のケースで、会社側に、安全配慮義務違反があった場合は、会社への損害賠償責任も生じます。現に、会社側の安全配慮義務違反を問う訴訟も激増しています。
長時間労働と労災認定との関係(精神疾患)
長時間労働などの負荷が慢性的に発生すると、ストレス反応が強まり、その精神的疲労は、うつ病等の精神疾患を発症させる有力な要因と考えられています。
うつ病等の精神疾患の労災認定については、以前は、労災認定までに約8.6か月間という長期間を要していましたが、認定までの期間を短縮するため、平成23年の通達で、具体的で新たな基準が定められ、また令和5年には基準が一部改正され、これに基づいて労災認定が行われることになりました。
詳細は、厚生労働省が公表する、以下の「精神障害の労災認定」を参照ください。
この労災認定基準で注目すべき点は、
うつ病等の精神疾患の発症直前1か月間に概ね160時間以上、又は、直前3週間に概ね120時間以上の時間外労働が認められれば、その事実だけで労災認定されうることが定められたことです。
また、1か月間で160時間、3週間で120時間という基準に至らなくても、1か月間で100時間程度の時間外労働があれば、心理的負荷となる他の出来事(転勤、配置転換、2週間以上の連続勤務、セクハラ、パワハラ等)との総合的な評価により労災認定されうることも定められています。
長時間労働と労災認定との関係(脳、心臓疾患)
長時間労働やそれによる睡眠不足は、脳血管疾患をはじめとする虚血性疾患、高血圧等の発症の要因となることが指摘されています。
脳、心臓疾患と労災認定との関係については、精神疾患の労災認定とは別の基準が示されています。
厚生労働省は、平成13年12月に定めた、「脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」において、脳、心臓疾患と労災認定との関係について、以下のような見解を示しています。
発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いと判断されるが、概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まるものと判断される。
発症前1か月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと判断される。
※ 2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり概ね80時間を超えるとは、発症前の2か月間、3か月間、4か月間、5か月間、6か月間のいずれかの月平均時間外労働時間が80時間を超えることを指します。
また、令和3年には基準が一部見直され、発症前1か月間に100時間または2か月間ないし6か月間わたって月80時間を超える時間外労働の水準に至らない場合でも、労働時間以外の負荷要因の状況も十分に考慮して、業務と発症との関係が強いと評価できることを明確にしました。
| 時間外労働時間(1か月あたり) | 業務と発症との関連性 |
| 発症前1~6か月間にわたり概ね45時間以内 | 関連性が弱い |
| 発症前1~6か月間にわたり概ね45時間を超える | 関連性が徐々に強まる |
| 100時間を超える、または、2~6か月間にわたり概ね80時間を超える
100時間を超える、または、2~6か月にわたり概ね80時間を超えるには至らないがこれに近い時間外労働 + 一定の労働時間以外の負荷要因 |
関連性が強い |
従業員に脳、心臓疾患の症状が出た場合で、上記基準に照らし合わせて、発症の直前に長時間労働の実態が認められれば、疾患と長時間労働との関連性が深い、つまり、因果関係を認め、労災と認定される傾向が強くなっています。
労災/安全配慮義務違反と損害賠償
従業員が労災により被った損害を補償する制度としては、2つの制度があります。
1つは、被災した従業員又はその遺族が行う民事上の損害賠償請求制度であり、もう1つは労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度です。
ニュースでよく見聞きする「会社に損害賠償を命じた。」という話(詳しくは、「安全配慮義務違反をめぐる判例」をご参照ください。)は、上記2つの制度のうち、民事上の損害賠償請求のことを指します。
損害賠償請求には、会社側の故意・過失による不法行為責任を問うもの(時効3年)と、会社側の安全配慮義務違反(債務不履行)を問うもの(時効10年)がありますが、近年は後者が中心となっています。
損害賠償請求では、被災した従業員又はその遺族は、逸失利益(その従業員が被災せず順調に働いていたら得られたであろう利益)、葬儀代金、慰謝料などを全損害の賠償を求めることができます。
つまり、従業員が労災を被った場合で、会社に安全配慮義務違反があった場合には、会社に責任があるとみなされ、莫大な額の損害賠償を命じられる可能性があるということです。
従業員が、長時間労働(過重労働)を原因として疾病を発症し、労災認定された場合、会社は、安全配慮義務違反という損害賠償の対象となるリスクを負うことを意識しなければなりません。
安全配慮義務違反をめぐる判例
判例1 東京地裁(平成23年3月)
【 結論 】
平成18年に急性アルコール中毒で会社員の男性(当時25歳)が死亡したのは、過労で精神疾患を発症して酒を飲み過ぎたのが原因だとして、遺族が勤務先だったA社(東京都)に1億円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は、業務と死亡との因果関係を認め、会社に約5900万円の損害賠償支払いを命じました。
【 概要 】
この社員は、平成15年4月にA社に入社。18年7月にシステム開発を担当する部署に異動したましたが、その約2か月後、業務終了後に京都に出向き、飲酒をしていたところ、急性アルコール中毒で死亡したものです。
【 判断の理由 】
この裁判では、「男性の精神障害は、配置転換や1か月あたり100時間を超える時間外労働で増大した心理的負荷が原因である。」と認定。
その上で「過度の飲酒は、うつ病など精神障害による病的心理の下で起こった。会社は負荷を軽減せず、安全配慮義務を怠った。」と判断しました。
業務中の死亡ではないにもかかわらず、会社に対して損害賠償責任を認めた注目の判例です。
判例2 大阪高裁(平成23年5月)
【 結論 】
大手居酒屋チェーンに勤務していた男性社員(当時24歳)の死をめぐり、死亡した社員の両親が、「月80時間の時間外労働をしなければ賃金が減る賃金制度が原因で、過労死したものである。」として、B社(大阪府)に計1億円の損害賠償を求めた控訴審判決で、大阪高裁は、B社の社長ら役員4人に計7863万円の賠償責任を命じた一審判決を支持し、会社側の控訴を棄却しました。
【 概要 】
この男性社員は平成19年4月にB社に入社。飲食店の店舗で調理などを担当していましたが、同年8月、自宅で就寝中に急性心不全のため死亡したものです。
【 判断の理由 】
この男性社員の、死亡までの約4か月間の時間外労働は、月平均で100時間を超え、厚生労働省が定めた労災認定基準を上回っていたことから、判決は、一審の京都地裁判決と同様に、「過労の実情を放置し、何ら改善策を取らなかった。」として男性社員の死を過労によるものと認定の上、企業トップの個人責任を再び認めました。
長時間労働を放置していた会社の責任だけで
損害賠償と労災保険との関係
労働基準監督署が、労災認定した場合、被災した従業員又はその遺族に対して、労災保険から、治療費、休業補償、あるいは遺族への保障など一定の給付が支払われます。
この場合、被災した従業員又はその遺族が労災保険から受けた給付は、損害補填とみなされるので、その給付は損害賠償額から差し引かれることになります。
しかし、損害賠償請求では、逸失利益、葬儀代金、慰謝料など全損害の賠償を求めることができるのに対して、労災保険からの給付でまかなえるものは、そのうちの一部に限られるため、会社が負う損害賠償リスクが莫大であることに変わりはありません。
(例)
長時間労働などが原因で過労死が発生した場合に、発生する損害は、次のようになります。
( 労災差額リスクの具体例 )
なく、上司や経営陣の個人の責任を認めた注目の判例です。
| 損害賠償 | 労災給付 | 差額 | |
| 逸失利益 | 5,500万円程度以上 | 1,000万円程度 | 4,500万円程度以上 |
| 葬儀代金 | 150万円程度以上 | 60万円程度 | 90万円程度以上 |
| 慰謝料 | 2,800万円程度 | なし | 2,800万円程度以上 |
※ 年齢35歳(被扶養者2人)、年収500万円(給与360万円、賞与140万円)の従業員が死亡した場合の例
従業員が死亡したケースでも、労災保険からの給付により免責される損害賠償額は1,000万円程度だけです。損害賠償額と労災給付との差額は、会社が負担しなければなりません。これを労災差額リスクと言います。重度障害になったケースでの労災差額リスクは、さらに高額になります。
会社が取るべき4つの対策
これまで説明してきたとおり、会社は、労災/安全配慮義務違反により、莫大な損害賠償を請求される可能性があり、そのことを意識し、その上で、損害賠償請求から自社を守る対策を取らなければなりません。
当事務所は、会社が取るべき対策として、次の4つの対策を提案します。
残業対策を徹底する
もし、1か月あたりの残業時間が45時間をやむを得ず超えてしまった場合でも、極力それを超えないように管理しながら、労災認定の一定の目安となる80時間を絶対に超えないような取り組みをする必要があります。
社内教育の実施
今後は、長時間労働だけではなく、職場内でのいじめ、いやがらせ、いわゆる、「セクハラ」、「パワハラ」を原因とする精神疾患に至ったケースの訴訟も増加していくものと考えられます。
また、長時間労働に加え、セクハラ、パワハラ等が認められれば、総合的評価により労災認定される場合もあります。
会社としては、コンプライアンス研修に積極的に取り組み、セクハラ、パワハラ防止のための社内教育を実施する必要があります。
損害保険の加入
民間損害保険会社の任意労災(上乗せ労災)に加入する。つまり、国の労災保険を上乗せする保険に加入し、いざというときの損害賠償リスクに備える必要があります。その際、精神疾患により従業員が自殺した場合なども補償の対象となるかどうかを確認し加入してください。
就業規則等の整備
現在の就業規則等が、リスクから会社を守ることができる就業規則なのかどうかを見直してみる必要があります。不十分な場合(就業規則を作成していない場合も含む。)は、会社を守る就業規則等を整備する必要があります。
特に、災害補償規程は整備しておく必要があります。民間損害保険会社の任意労災(上乗せ労災)に加入した場合は、保険でまかなえる金額と、会社が補償する災害補償との関係を記しておくことが必要です。